FC2ブログ

SACOPELLI DAYS

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

仏 時々 基督

20091113.jpg

マリア様のつもり、身長3.5cmの豆聖像です。

mixiのプロフィール画像にも使っているちっこいお地蔵さんは増え続けてまして、5体になりました。
ここしばらく聖書の一説を考え続けてたり、主へ懺悔していたので
(「懺悔」という単語はこの使い方でいいのかな?)挑戦の、一作目です。
改善の余地が、ものっそい広大。

マリア様に見えないのよねぇー。もっとマリア像を見て学ばないとイカンです。
頭の中にはぼんやりとあるんですけど。。。
加勢先生には「おっ、今度はギャルか?」と言われた!!!!(むきー!どゆこと!!)

基本的には仏教メインの心づもりなんですが、時々、基督教にも助けを求めます。
「悔い改める」「懺悔する」ということが必要な時期ですかね~(笑)
もっと知っていけば、もっと素敵さや、信仰心の持ち方がわかるんだと思いますが
ともかく「申し訳ないけどどうしようもない」時の頼りにさせてもらっちゃいました。

クリスチャンの方の放つ共通の香りがあって、それがなんとも好きです。



聖書の一節とは、これ。
はじめて読んだのは高校の時で、全くもって不平等な話だと思った。
ずっと気になり続けている部分です。
「頑張ったら頑張った分、得る・向上する」という教育は根深い。
でも天国ルールは違うわけですよね。

ちなみに、「デナリ」っていう貨幣単価の響きも、かわいいなぁと思うもののひとつ。



●マタイ福音書20章

天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。

主人は、一日につき一デナリの約束で、労働者をぶどう園に送った。

また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、

「あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう」と言った。

それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。

五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、「なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか」と尋ねると、

彼らは、「だれも雇ってくれないのです」と言った。主人は彼らに、「あなたたちもぶどう園に行きなさい」と言った。

夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、「労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい」と言った。

そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリずつ受け取った。

最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリずつであった。

それで、受け取ると、主人に不平を言った。

「最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。」

主人はその一人に答えた。「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリの約束をしたではないか。

自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。

自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。」

このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。